株式会社丸高木工製作所は、正真正銘「東京仏壇」を東京・葛飾にて伝統的な製法、職人による手作業にて製造しているメーカーです。
弊社初代髙橋明利は、中京地区において仏具店として歴史のある内藤利三郎商店の次男として生まれ、当時の仏壇仏具業界でのガリバー的存在であった京都高橋才次郎商店に丁稚として修行し、関東地区の責任者として勤め、のれん分けをいただき、独立しました。 高橋才次郎商店は、戦前、仏具全国卸しを、ほぼ一手に行っていた名門中の老舗であり、京都の仏師による作品をまとめて、全国の神社仏閣へ供給をしており、その当時は、全国各地の住職と檀家がともに、汽車で何時間もかけて京都へ誂えに出向く事が一般でありました。 その後交通手段の進歩もあり、京都で大量に荷を載せ、東京駅で多くの赤帽さんの手を借り、一手に関東・東北の窓口として市場を切り開き、震災・戦災という最悪なる事で、多くが焼失した寺院用品はいくら作っても間に合わない程、盛況なる時期でありました。 初代明利は、寺院用品ではあきたらず、家庭用お仏壇が未だ関東地区などでは完成されていない事を悟り、関西・北陸の金仏壇と違い地味で使い勝手のよい唐木仏壇を考案、改良し、現在の東京仏壇の基を作り出しました。 現在のモータリゼーションとは違い東京の田舎、葛飾より関東全域の専門店へ人力(リアカー、自転車)にて配達をし、年々、全国各地へも受け入れられる様になりました。 戦後の景気拡大にのり、業績をも伸ばし、メーカー卸しの要として東京仏壇=丸高木工の代名詞といわれる程に育ってまいりました。 より経済も成長する事で流通革命の原点として、他業界においても生産者と消費者が、より短いルートである事が消費者の要望でもあり、弊社の立場が偶然にもメーカーダイレクト工場直販という自社工場ならではのメリットがあり、多くのお客様から、これが評され、喜ばれております。